2026年の年頭にあたり,情報学教育研究会 代表の横山成彦よりご挨拶申し上げます。
情報活用能力を「学校の学び」から「社会の基盤」へ
2026年の年頭に当たり,謹んで新年のご挨拶を申し上げます。
2025年を振り返りますと,世界では紛争や分断が続き,社会の不確実性が高まる中で,情報が人の行動を左右し,さらに情報そのものが疑われる局面が増えました。生成AIの普及は,創造性を拡張し,学習や業務の生産性を押し上げる一方で,誤情報やなりすまし,過度な依存といった新しいリスクも顕在化しました。私たちは今,「情報を集める」,「情報を作る」,「情報を伝える」ことが容易になった時代において,「確かめる」,「説明できる形にする」,「責任を持って共有する」力を,学校の学びから社会の基盤として発展させ,再構築していく局面にいます。
情報学教育の分野においては,2025年1月に大学入学共通テストで教科「情報」が本格的に位置づけられ,はじめて「情報I」が出題されました。ここで問われたのは,単なる操作技能ではなく,「情報社会の問題解決」,「コミュニケーションと情報デザイン」,「コンピュータとプログラミング」,「情報通信ネットワークとデータの活用」といった学習指導要領で示す各内容を縦横断しながら,状況を整理し,手順や根拠をもって解決に向かう力です。高等学校の学びが大学入試と接続されたことは,学習内容の社会的意義を明確にし,学校現場の実践を後押しする重要な転換点になりました。
一方で,入試が導入されたことで,学校現場には,「正確さ」と「継続性」がより求められることとなりました。学習指導要領で育成を目指す資質・能力をぶらさずに,年度や担当者が替わっても授業の質を担保するには,教材,評価,研修,環境の各種整備を進める必要があります。このうち,学校のICT環境整備については,文部科学省が「3か年計画(2025~2027年度)」を示し,端末やネットワーク,校務支援,ICT支援体制などを学習基盤として整える方針を示しています。学びの側と校務の側を分けて考えるのではなく,学校という組織の運用が安全かつ持続的であることが,授業の質を下支えする時代に入りました。
生成AIについては,2024年12月に初等中等教育段階における利活用の考え方を示すガイドラインがVer.2.0として公表されました。ここでは,学習指導要領の理念に立脚しつつ,利活用の場面や主体に応じた留意点を具体的に示しています。学校現場が不安や混乱に陥らないようにするための基準が整備されつつあることは大きな前進です。ただし,ガイドラインは「免罪符」でも「禁止令」でもありません。各校が目的と範囲を定義し,入力してよい情報,検証の手順,成果物の扱いを運用として定着させてこそ,学習や校務の質が上がります。
加えて,学校現場の負担を増やさずに質を上げるためには,どこ学校においてもはじめやすいスターターパックと,学校の独自色が出しやすい,スターターパックに上積みする自由度の高い設計を分けて設計することが重要です。例えば,生成AIの授業利用では,児童生徒が作成した成果物の評価を,生成AIの出力そのものではなく,問いの立て方,試行錯誤の記録,検証の手順,根拠の提示といったプロセスに置くことで,安易な丸写しの誘惑を下げつつ,思考力を伸ばす設計が可能になります。また,校務での利活用では,個人情報を扱わない範囲での文章の下書き,要約,論点整理などを入口にし,入力のルールと確認責任の所在を明確にすることで,教職員の時間を取り戻す効果も期待できます。こうした運用知は,文書を読むだけでは生まれません。小さく試し,振り返り,次に渡すというサイクルを現場に根づかせる支援が必要となります。
さらに,2030年代の学習指導要領改訂に向けては,2024年12月の中央教育審議会への諮問を受け,教育課程の基準等の在り方に関する議論が本格化しています。検討事項には,生成AIをはじめとするデジタル技術の進展を踏まえた情報活用能力の抜本的向上,情報モラルやメディアリテラシーの育成強化などが含まれています。また,同じ諮問の枠組みには,教育課程の実施に伴う負担への指摘に真摯に向き合うことも明示されています。すなわち,情報教育は特定の教科だけの課題ではなく,初等中等教育段階を貫く学びの中核として再設計される段階に入りつつあり,同時に,学校現場の持続可能性までを含めた制度設計が求められています。
このことは,2009年11月から「初等中等教育一貫した体系的な情報学教育の実現」を掲げてきた情報学教育研究会の理念が着実に実を結ぼうとしていることを意味し,情報学教育研究会の活動が社会に貢献し得た
教育の情報化の分野においては,GIGAスクール構想の次段階を見据えた「基盤の再整備」と「運用の高度化」が,いよいよ現場の品質を左右する局面に入っています。先述のとおり,2025年度以降のICT環境整備方針として,学校のICT環境整備3か年計画(2025~2027年度)が示され,学習者用端末の前提の上に,校内ネットワーク,教職員端末,教室のICT機器,ICT支援体制等を含む学習基盤の更新が体系的に整理されました。これにより,授業の改善と校務の改善を同時に進めるための「土台」が,財政措置とともに具体化しています。
同時に,教育DXは「端末がある」から「データと業務がつながる」へと重心が移っています。教育DXロードマップでは,教職員の負担軽減,多様な学びの学習環境整備,学習データによる見取りの充実等の観点から取組が整理されました。授業と校務を別物として最適化するのではなく,教育活動全体をプロセスとして捉え直すことが求められます。
この変化を現場の成果につなげる鍵は,校務DXの設計と情報セキュリティの再定義です。次世代校務DXガイドブックが示すように,自治体域での標準化や移行手順を共有しながら,統合型校務支援システム等の活用を前提にした運用設計が重要になります。さらに教育情報セキュリティポリシーに関するガイドラインは,GIGA環境とクラウド活用の進展を踏まえつつ,情報資産の分類・管理や次世代校務DXへの移行に必要な対策を整理しています。教育の情報化が進むほど,利便性と安全性のトレードオフを現場の工夫に委ねず,方針・体制・運用として組み立てることが不可欠です。
このような潮流の中で,情報学教育研究会は,2002年の前身組織の創設以来,理論と実践の往還を軸に,情報学教育と教育の情報化を研究対象としてきました。2025年の創設記念日には,研究基盤の新たなフェーズへの移行を掲げ,広報的活動と研究基盤の整備を進める方針を示すとともに,研究会とは独立した機関として情報学教育研究所を設置したことをお知らせしました。2026年は,こうした基盤を「成果の循環」に変える一年にしたいと考えています。
特に,情報学教育と教育の情報化は,どちらか一方だけを進めても成果が最大化しない段階に入りました。前者は学びの中身を鍛え,後者はそれを支える基盤と運用を整えます。すなわち,両者は車の両輪であり,現場の負担を増やさずに質を上げるためには,授業の改善と校務・基盤の改善が循環する設計が不可欠です。
具体的には,次の4点を重点方針として掲げます。
第一に,教科「情報」および情報活用能力の学びを,授業の単発の工夫にとどめず,学校として持続可能な形にすることです。授業設計,評価の観点,教材の改善履歴,実践の共有といった知見を,現場が再利用できる形で蓄積し,次の担当者につなげることのできる仕組みを構築が必要です。この仕組みができることで,入試や学習指導要領の改訂といった外部環境の変化にも耐えられるようになります。
第二に,生成AI時代の情報モラル・メディア教育・情報安全教育を,生徒指導や危機管理だけに閉じず,学習そのものの質を高める領域として再定義することです。真偽の検証,出典の明示,データの読み取り,説明責任,そして他者の権利への配慮は,探究学習の中核であり,社会に出てからも必要なコンピテンシーです。学校現場の負担を増やさずに,日々の授業の中で自然に育てる設計を,研究と実践の両面から支援していきます。
第三に,教育の情報化を「導入」から「運用」へと引き上げることです。端末更新やネットワーク整備は目的ではなく,学びの質を安定させるための条件です。校務DXやセキュリティは,教職員の働き方と直結し,結果として授業準備や児童生徒支援の質にも影響します。情報学教育研究会として,必要なシステムと運用の最小要件を整理し,現場が迷わず判断できる材料を提示していきます。
第四に,教育データの扱い方を,利便性と安全性の二項対立で終わらせず,「目的」,「最小化」,「透明性」,「検証可能性」という原則で整理することです。学習ログやポートフォリオは,学びを支える資源になり得ますが,収集範囲や二次利用,保管期間,第三者提供の有無が曖昧なままでは,現場の不安が増し,結果として利活用が止まります。ガバナンスの設計は,ICT機器の整備と同じくらい重要な基盤です。
情報学教育研究会は,これらの取組を進めるにあたり,会員・会友のみなさまの知見と実践を何よりの資産と位置づけています。研究成果は,論文や報告として残すだけでなく,現場で使える形に翻訳され,循環してこそ価値を持ちます。学習指導要領改訂の議論が進む今こそ,現場の経験知と研究の視点を結びつけ,次の10年の「当たり前」を形にしていく必要があります。
本年も,情報学教育研究会への一層のご理解とご協力を賜りますよう,お願い申し上げます。
最後に,2026年がみなさまにとって飛躍の年になりますよう心より祈念いたしまして,新春のご挨拶といたします。

2026年 1月 1日
情報学教育研究会
代表 横山 成彦

